なか田に於ける先代
先代=右端
先代=右から三人目
現・なか田会長=右から四人目
当時・なか田大旦那=右から七人目

 鮨 青木の屋号「青木」は創業者であり現主人の父、青木 義(よし)の姓に由来します。先代主人は昭和9年東京の浅草に生まれ、昭和25年、江戸前鮨の名店として名高い銀座「なか田」が開業すると共に修行に入ります。当時一流の著名人・鮨通が足繁く通った「なか田」に、当時16歳の先代は一番弟子として修行に入り、一流のお客様を相手に腕を磨き、一流の技を学びます。名店「なか田」での厳しい修行も歳を重ねるごと多くのお客様に贔屓にして頂き、ようやく昭和47年、20年余りの修行の後に暖簾分けを許され、京都木屋町に「なか田」として開業致しました。これが現在の「鮨 青木」の始まりです。

 青木にとっては京都は縁もゆかりもなく困難な船出ではありましたが、多くのお客様方から京都ならではの「おもてなし」の心をご指導頂き、次第にお店の方も軌道に乗ってまいりました。そして京都での開業から14年を経た昭和61年に先代は東京へ戻り、麹町に店を構え、この時から屋号を「青木」に改めます。

 この頃、現店主の青木利勝は日本体育大学を卒業し、一年間アメリカに遊学。帰国後は京橋の名店「与志乃」に修行に入ります。更に6年後の平成4年、先代は長年の念願が叶い、修行時代を過ごした銀座に移転し、現在の西五番街の店を開店致します。現主人の利勝も「与志乃」での修行を既に終え、銀座のお店で父と並んで仕事をする毎日でした。

 そのような順風満帆な最中、先代主人が病に倒れます。銀座に移転して僅か一年余りで急逝、当時28歳の利勝が父の跡を継ぎます。以来お客様の厳しいご指導の下、日々精進を心掛け、お客様にご満足頂ける店作りを目指しております。

 

ロゴタイプ 京都木屋町の「なか田」には、日本画家の下保 昭(かほ あきら)先生が、よく奥様(京都画壇の小野 竹喬先生のお嬢様)とご一緒においでくださいました。昭和61年に東京麹町へ戻る際、屋号「青木」の看板文字を下保先生にお頼みしたところ、先生は快くお引き受けくださり、「誰もが『美味しそうだなぁ』と感じるような文字を描いてあげよう」と、わざわざそれだけの為にその《墨》を奈良県からとり寄せて、描いてくださいました。

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